カルチャー
2017.05.16(Tue)

【フクオカhumanpedia】第11回「着れば着るほど愛おしい服」

このエントリーをはてなブックマークに追加

「フクオカhumanpedia」は、古くから商都として栄えてきた福岡の街を支えた、歴史上の著名な人物や、知る人ぞ知る職人たち、現在福岡の各分野で活躍している人々を紹介する連載コラムです。

第11回目に登場するのは、福岡発のアパレルブランド「ティグルブロカンテ」のデザイナー・柳みをさん。

「ティグルブロカンテ」は、1998年に福岡で誕生しました。デニム、藍染、刺繍、とにかくいいものをつくることへのこだわりで知られるショップです。どこか温もりがあって、つくり手の愛情や手ざわりが感じられるような服に長年のファンも少なくありません。

欲しいものが手に入らないから工夫やセンスが身についた

大分県に生まれ、4人兄弟の末っ子として育った柳さんの洋服は“お下がり”が当たり前だったそう。「買いたいものなんてめったに買ってもらえなくて、女-男-男-女だったので、ランドセルも10年ぐらい前のものなんですよ。女の子ですからおしゃれしたいっていう願望が芽生えてくるじゃないですか。でも欲しいものが買ってもらえない、だったら自分で工夫するしかないと思うようになって」。“必要は発明の母”とはこのこと。普段の服はもちろん、修学旅行ともなるとおしゃれに見られたくてコーディネートにも力が入ったそうです。

ファッションを通して、視覚的なことを考える楽しさを覚えた柳さんは、商業デザインを学ぶ高校に進学します。「パソコンを使ってデザインするような授業もありましたが、どちらかといえば手を動かして絵を描いたり、紙を切ったり貼ったり、とにかく手づくりするのが好きでした」。

好きなものやおしゃれだと思うものを見抜く力、形にする力がメキメキと育ち、徐々にそれが柳さんのアイデンティティとなっていきました。高校時代に先生から勧められて何度かポスターのコンテストに出品し、賞をもらうこともめずらしくなかったそうで、その実績に背中を押され、グラフィックデザインを学ぶ大学に進学します。他人から見れば、クリエイティブエリートという印象もありますが、ご自身はそんなつもりはなかったと言います。

「好きなことを続けていたら何となく時間が経っていましたが、はっきりと将来の目標を決めて進んでいたわけでもないし、大学でもやはりパソコンの画面とにらめっこするよりは手でものを描いたり、つくったりするのが好きだったので、就職というものがあまり現実的に思えてなかったんです」

「これだ!」という気持ちに間違いはなし

大学時代ならではのゆるやかな時間を楽しみながら街を歩いていたら「今度レストランがオープンするからアルバイトしない?」と呼び止められたことがありました。「レストランだけでなくアパレルを展開しているところで大分ではわりと有名だったんです。それでちょっと興味が湧いて働いてみることにしました」。あっけないほどあっさりと決断。

なぜ誘われたのか聞いてみると「私もわからないんですが、多分ゴツい指輪をしていたり、髪の毛はグレーに染めていたり、そのとがった感じがよかったのかな。それでもいいって言ってくれる飲食店ってめずらしいですよね」とちょっとびっくりするようなエピソードを事もなげに語ります。

レストランでのアルバイトを続けながら、時々アパレルの方も手伝ったりして、自分は何が好きなんだろうと模索していた日々。実はこの他にもいろんなアルバイトをしていたという柳さんに、「例えば?」と聞くと、「ハーブ園、カフェ、夜店で焼き鳥を焼いたり、お化け屋敷の呼び込みをしたり」と思わず深入りして聞きたくなるような回答がこぼれます。

大学生活は長いようで短いもの。感度に響くクリエイティブな日々も終わりが見えてきた4年生の頃。卒業制作を作りながら、就職について漠然と考えていました。「やっぱり人から依頼を受けてパソコンでデザインをする仕事は私のやりたいことじゃないな」と思い、夜中にネットサーフィンをしていて見つけたのが今の会社のホームページだったそうです。

「まだ今ほどしっかりしたページではなかったんですけど、社員全員で藍染めをしましたとか、仕入れた服を売るだけじゃなく、企画した服を工場に任せっぱなしにするでもなく、自分たちの手でつくっているんだということを知り、『これだ!』と。もう数分後には『働きたいです!』ってメールしていました(笑)」。面接に呼ばれ、慣れない福岡に乗り込むも、道に迷い、遅刻。それでも優しく迎え入れてくれた同社に入社したのがもう10年以上も前のこと。

古着としてずっと残るような長く愛される服をつくりたい

それからここまでの道のりはファッション漬けでした。「好きというだけで突っ走ってきた私にはファッションデザインの基礎がありませんでした。知識や経験は強みではないけど、唯一の取り柄はあきらめずに食らいつくこと。師匠である社長についていきながら、デザインだけでなく、生地、ミシン、糸、工場、製法、とにかく何でも吸収中です」

いちばん最初にデザインの課題として与えられたのは同ブランドのキャラクター“ナッティ”くんを自分なりに描くこと。メインデザイナーが代々責任を持って受け継いできたブランドの顔そのものです。ああでもないこうでもないと試行錯誤し、やっと認められた時は本当にうれしかったと言います。

今はメインデザイナーとしてTシャツの柄を描くのも、柄物のパターンやデニムのシルエットを決めるのも、すべての商品の色や生地を選ぶのも柳さんの仕事です。年間に生み出す商品の数は軽く100を超えます。

国内外の職人さんのところを飛び回り、色や質感を伝えるときには缶や葉っぱを差し出して「この色に」と指示を出して、相手を苦労させることもあるとか。話していても柔らかい雰囲気ながら、「既存の色見本では出したい色は出ないし、普通に手に入る生地では欲しい質感が出ないんです」といちばん大事にしたい部分は一切譲りません。

ブランドが目指すのは、「古着として残り、長く愛されるような服づくり」

柳さんはじめチームの皆さんが見つめているのは最新のトレンドや今の気分ではなく、古くからずっと続くことや変わらない着心地の良さです。365日24時間、頭の片隅でそのことを考えていて、「これだ!」と直感が震える感動に出会ったら、それを形にしてお客さんに伝えようと手を動かします。

柳さんを前へと走らせるクリエイティブの源は、きっと子どもの頃とちっとも変わっていません。本当に好きと思えるもの、心揺さぶること。それは時に映画だったり、漫画だったり、キッチンの掃除や歯磨きだったり、蚤の市や骨董市や古着屋さんだったり、早朝のシャワーと深夜のコーヒーだったり。そんな言葉や形にならない心の中のわくわくやふわふわした気持ちが、柳さんの手や職人さんの技を通じて人を感動させる服になるのです。

<店舗情報>
「TIGRE BROCANTE」ティグルブロカンテ
住所:福岡市中央区警固2-3-26
電話番号:092-761-7666
営業時間:12:00~20:00
店休日:無休
メールアドレス:tigre@tenkumaru.com

<profile>
柳 みを さん
天空丸「ティグルブロカンテ」デザイナーとして、同ブランドのオリジナル商品のほぼすべてを手がける。つくりたいイメージを明確に持ち、工場や職人の方への指示のために国内外を飛びまわる。洋服の一部は、全国のショップでも販売されているが、福岡の本店上のオフィスにて勤務。

●掲載内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。
このエントリーをはてなブックマークに追加
関連キーワード