カルチャー
2016.11.10(Thu)

【フクオカhumanpedia】第5回「好奇心いっぱいに本の世界を旅する人」

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「フクオカhumanpedia」は、古くから商都として栄えてきた福岡の街を支えた、歴史上の著名な人物や、知る人ぞ知る職人たち、現在福岡の各分野で活躍している人々を紹介する連載コラムです。

第5回目に登場するのは、泊まれる図書館の主人・白石隆義さん。その意外な経歴に迫ります。

福岡市から1時間ほど車を走らせると、少しぬるめのお湯で知られる古湯温泉があります。こじんまりとしてどこか懐かしい雰囲気を醸し出すこの地に、2016年10月、新しい観光名所が誕生しました。泊まれる図書館「暁」。昼間はカフェ、夜は宿泊施設に変身する、一風変わった図書館です。こんなアイデアを思いついた白石さんの頭の中をのぞきに行きました。

20代でしっかりと迷って悩んだから見えてきた道

四国に生まれ育った白石隆義さんは、大学進学を機に九州に移り住みます。「F1に憧れて、いつか車体や機械を作る仕事に就きたくて航空系の学科へ。福岡の第一印象は、高いビルが多くて、とにかく都会だなと思いました。大学院まで含めると6年暮らしましたが、いい思い出しかないぐらい」と好印象。

卒業後は、トヨタ自動車に就職。夢だった車の設計を担当することになった白石さん。さすが世界に名を馳せる企業だなと実感することも多く、関わる組織やプロジェクトのあまりの大きさに最初は面食らいました。そして、自分が担当する仕事が小さく感じることにほんの少し戸惑いを覚えたこともあったそうです。「優秀な人ばかりで気後れしながら何とかついていっていた感じでしたね。失敗が許されないプレッシャーを感じつつ、設計や研究所の仕事を数年間させていただき、新しい世界を見てみたいなと考えるようになりました」。

さてこれからたった一度きりの人生をどこで過ごそうかと思案し、いい想い出の詰まった福岡に戻ることを決意。まだ20代後半だった白石さんにとってこの頃はもしかしたら「自分探し」の途中だったのかもしれません。バイトをしながらデジタルハリウッド福岡校に通い、Webやプログラミングの勉強に打ち込みました。それから印刷会社、IT系の企業などに勤め、経験を重ねます。「大きい会社、小さな会社、いろいろな仕事を経験し、挫折もたくさんしました。ぶつかりながら、少しずつ見えてきたことは、大きなプロジェクトの小さなパーツに関わるよりも、プロジェクトの真ん中にいたいということでした」。小さくてもいいから、自分の仕事だと呼べるものを増やしていこうと決意し、働き方ややりたい仕事についてまた考えを深めていきます。

居場所を見つけ、腰を据えたからこそできる新たな挑戦

その頃、今所属しているカラクリワークスの社長に出会います。「同い年なのに、フリーランスとして事務所を構え、スタッフと一緒におもしろい仕事をたくさんしていて、とにかく刺激を受けました。僕も見習わないとな?と思っていたら『うちに来ない?』と誘ってくれて。友人関係だったし、入社するのはどうだろうと迷う部分もありましたが、自分でなくては果たせない何かがここにはありそうだと思って入社することにしました」。人生はどんなきっかけで変わるかわかりません。

当時4~5人しかいなかったので意見や発言が反映されやすく、自分が果たす役割の大きさはそのままやりがいにつながりました。Webのディレクターとして多くの案件を任され、1~2年もすれば社員も増え、仕事の幅も広がりましたが、変わらない根幹は「新しい価値やおもしろさ」にこだわること。社員はいい意味で普通じゃない人が多く、それぞれの個性やクセが仕事にも生かされ、業界内外から高い評価を受けるようになりました。それに比例し、白石さんのキャリアも順風満帆に進んでいたその頃、また白石さんの好奇心がうずうず動き出しました。

本を読む、浸る、選ぶ、とにかく本の世界にどっぷりと

乗り物を作る仕事、IT業界の仕事と目標を達成しながら白石さんは次のチャレンジをはじめます。それは古本屋。「小学校の頃、図書室に入り浸りになっていたんですが、その頃から古本屋のオヤジに憧れていて。ちょっとずつでいいからはじめてみたいなぁと思い、2014年に週末だけのひと坪古本屋「ひとつ星」を開くことにしました」。

カラクリに在籍しつつ、営みはじめた小さな古本屋は、それまでデジタルの世界で生きてきた白石さんのキャリアに、アナログの温かみと個性を添え、本好きの人たちとの縁が広がるきっかけにもなりました。「Webの仕事はある程度経験したつもりでしたが、1から稼ぐのはこんなにも大変なんだってことを店を開いてから知りました。だけど、一国一城の主になれて、やっと自分がやりたかったことがわかったような気持ちで。大変だけど、それも楽しさだなぁと」。

「ひとつ星」をきっかけにたくさんの本好きの人たちと交流を重ね、「夜通し本が読める場所があったらいいなぁ」と思い、そんな構想をブログに書いていました。すると、Facebookで“いいね!”が5,000もつき、「これやってみようかな」と持ち前のチャレンジ精神がムクムク。2016年10月に泊まれる図書館「暁」をオープンさせる運びとなったのです。物件探しに資金繰り、家具を作ったりといろんな苦労がありましたが、それも今となってはいい話のネタです。

作務衣を着た白石さんに迎えられ、19時にチェックインし、歩いて1分の温泉に入って体を温めたら、あとは平屋でたくさんの本に囲まれて朝を迎える贅沢。夜通し読書をしてもいいように足元にはたくさんの間接照明が用意されています。昔の文豪が小説を書いていたんじゃないかという雰囲気の空間は、本好きでなくても心くすぐられるものがあります。「『ひとつ星』は私と同僚が本を選んでいますが、『暁』はあえて私の色をなくそうと、九州の本好きに『常に自宅の本棚に置いておきたいベスト20』を選んでもらいました」。

普通の書店は、ジャンルごと、作家ごとに並んでいますが、ここはバラバラ。自分の好みに合う本を見つけたら、その人が選んだ他の本も手に取ってみたり、新しい楽しみ方ができます。1泊では読み切れないほどの本が並んでいるので連泊をしたり、カフェ利用もあわせてリピートをするなどとにかく長居をするのがおすすめ。自然に囲まれ、テレビやパソコンから離れ、ただ本と向き合う時間はなかなか貴重で、まさにスローツーリズム。せわしない現代に置き忘れた時間がこの場所にあります。

<店舗情報>
泊まれる図書館「暁」
住所:佐賀県佐賀市富士町古湯761-1
電話番号:0952-58-2105(開館時)
電話番号:080-7982-0222(夜間)
開館時間:14:00~18:00
貸切時間:19:00~12:00
休館日:水・木(祝日は営業、翌日休み、宿泊は無休)
HP:http://library-inn.jp/

<profile>
白石隆義さん
しらいしたかよし●カラクリワークス株式会社 取締役/旅と古本の店 ひとつ星 店主。1975年愛媛県出身。九州大学航空工学科を卒業後、トヨタ自動車株式会社に入社。グローバル規模の設計・開発に携わる中で、実感を肌で感じられるローカルな仕事への魅力を感じ、帰福。以来、Webデザインを中心として、地場企業のコーポレートサイトやECサイト制作に携わる一方、生来の本好きが高じ、福岡市今泉に旅と古本のちいさなセレクトショップ「ひとつ星」をOPENするなど、こぢんまりと地域に貢献すべく活動している。テンジン大学では設立時からWebサイトの立ち上げに参加。Web室のリーダーとして、日々のサイト運営・管理をサポートしている。

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