カルチャー
2017.02.14(Tue)

【フクオカhumanpedia】第8回「本屋は街を映す鏡、福岡に来たらまずこの書店へ」

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「フクオカhumanpedia」は、古くから商都として栄えてきた福岡の街を支えた、歴史上の著名な人物や、知る人ぞ知る職人たち、現在福岡の各分野で活躍している人々を紹介する連載コラムです。

第8回目に登場するのは、福岡の本好きを刺激し続ける「BOOKS KUBRICK」の店主・大井実さん。

旅に出ると無性に書店に立ち寄りたくなるのは、その土地の情報が集まっているからという理由だけではないような気がします。特に大型書店ではなく、小規模な店の場合、その土地に暮らすどんな人がどんな考えでその本を並べているのだろうか、なんてことに思いを馳せながら本棚を見てまわるのはとても贅沢な時間です。

経験ゼロから書店の店主に

今回は、福岡の本好きなら誰でも知っているであろう総合書店「BOOKS KUBRICK」を訪ねました。1店舗目はけやき通りに、2店舗目は箱崎に出店し、小さいながらバランスのいい品ぞろえと精力的に行うイベントで注目を集め、2001年のオープン以来、すくすくと成長を続けてきた健やかな本屋さんです。2006年からは「ブックオカ」という街や市民を巻き込んだイベントも主催するなど、店主・大井実さんが福岡に与える影響は小さくありません。

聞けば、福岡という土地に出店したのは偶然の産物だったそうで、もしかしたらこの店は、北海道や東京に生まれていた可能性もありました。小さい頃から転勤族のご家族とともに、「流れ者」のようにいろんなところに住んでいたという大井さん。30代になり、「好きなことを仕事にしてどこかに根を張りたい」そんな思いから書店を開業することに決めました。福岡に出店を決めたのは、福岡在住のパートナーとの出会いがあったから。

とはいえ、書店の経験があったわけでもなく、まずは福岡に引っ越して書店で1年間アルバイトとして働きます。そして、結婚したばかりのパートナーがインテリアデザイナーだったこともあり、店舗設計やデザインを二人三脚で行い、数年がかりではじめての店を開きました。

「今思えば、新規参入しにくい業種だったみたいで、私が店を開いた後に同じように個人で本屋を開いた人ってあまりいないんです。おかげでライバル不在のまま注目され、全国誌にも取り上げられ、少しずつ認知されるように。当時は若かったし、何も考えずに飛び込んだんだと思います。1店舗目の大変さに比べれば2店舗目はずいぶんスムーズだったから、最初がいちばん大変だったかな。だけど、念願だった本屋を営めて、自分の居場所ができた喜びはひとしおでした」と振り返ります。

夢は叶えてからが正念場、途切れないパワーの源は

メガネがトレードマークの本屋の店主、穏やかで優しそうな大井さんは一見とても堅実そうに見えるのですが、お話を聞いているうちに、冒険心溢れるロックでアグレッシブな人だということがわかります。

最近、大井さんが出した「ローカルブックストアである」という本にもルーツがたくさん書かれているのですが、高校時代はラグビー選手としてライバル校相手に悔しい思いをしたり、京都で過ごした大学時代に「BRUTUS」「宝島」「STUDIO VOICE」「jam」などの雑誌を貪り読んでいたり、イギリスのバンド「ザ・スミス」に惚れ込んで1カ月ロンドンに卒業旅行に行ったり、友人に影響を受けてW杯開催の年にイタリアに暮らしたり、これらすべてがその後の大井さんにつながっていて、今の「BOOKS KUBRICK」の唯一無二の存在感やここにしかない空気感を形づくってくれたように思えてきます。

モラトリアムな大学時代を終え、社会人になってからはイベントの仕事に従事し、華やかな場に身を置いていたこともあったそうです。そんな経験に背中を押されてか、人と人がつながる場所をつくることには最初から興味がありました。

「店をオープンした当初は、福岡にそれほど知り合いもいなかったんですが、本屋という居場所を持ったことで同じような志の仲間がだんだん増えていきました。そんな仲間とかしこまらず楽しく飲んでいる場で生まれたのが2006年にスタートした『ブックオカ』です。毎年少しずつ形を変えながらも発展し、今や毎年多くの方から『楽しみにしている』と言っていただけるイベントに成長しました。そうした成功も糧となり、2店舗目の箱崎店では自店でもっと頻繁にイベントを開催する環境を整えました」。

今でこそスタッフも育ち、イベントをまわすことができる頼もしい人材が支えてくれるそうですが、最初は大井さんが企画から出演交渉、集客、当日の運営をすべてこなしながら月に2~3本ペースで続けてくるのは並大抵ではなかったはずです。

「本屋のオヤジさん」としてのこれからの夢

店を開いてから約15年、50代になり「もう立派な『本屋のオヤジさん』になりました」と笑う大井さんの次なる目標を聞いてみました。

「1店目は私の夢でした。好きな本を並べて、お客さんに喜んでもらうことを仕事にできた。2店舗目は、本と相性のいいコーヒーが楽しめるカフェやイベントスペースを併設し、ファミリー層にも喜んでもらえる店ができた。店の外に飛び出せば、『ブックオカ』というイベントも根付いてきました。今後は、店を大きくしたり、数を増やすというよりは、自分と同じような熱意を持った人を応援したいと思っています。福岡はよそ者や新しいものを受け入れる器の大きさとムードがあるから、もっとインディペンデントな店や人が活躍したらおもしろいなと思うんですよ」。

「ブックオカ」は年に一度、読書の秋のタイミングの開催ですが、大井さんは店でオヤジさんをしています。そして、「BOOKS KUBRICK」の魅力を満喫しようと思えば、月に数回行われるイベントが狙い目。あ、それから大井さん著の「ローカルブックストアである 福岡ブックス キューブリック」もスルスル読めておもしろい1冊なのでぜひめくってみてください。

<店舗情報>
福岡・けやき通り&箱崎の小さな本屋「BOOKS KUBRICK」
住所:福岡市東区箱崎1-5-14 ベルニード箱崎1F
電話番号:092-645-0630
営業時間:10:30~20:00
店休日:月曜(祝日の場合営業)
HP:http://bookskubrick.jp

<profile>
大井 実 さん
総合書店「BOOKS KUBRICK」店主、「ブックオカ」主催の他、リクエストに応じて学校の講師やラジオやイベントへの出演も精力的に行う。2017年1月に「ローカルブックストアである 福岡ブックス キューブリック」(晶文社)を出版。

●掲載内容は記事公開時点のもので、変更される場合があります。
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