カルチャー
2018.03.13(Tue)

【フクオカhumanpedia】第21回「ここでしか味わえない料理と時間を」

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「フクオカhumanpedia」は、古くから商都として栄えてきた福岡の街を支えた、歴史上の著名な人物や、知る人ぞ知る職人たち、現在福岡の各分野で活躍している人々を紹介する連載コラムです。

第21回目に登場するのは、篠栗にある「喫茶 陶花」「バーガートウカ」のオーナー・村山健吾さん。2004年に「喫茶 陶花」をオープンして以来、わざわざ訪れたくなる郊外カフェの代表格として着実にファンを増やしています。

会社での経験も将来開業する上での糧に

車に乗って、天神から東へ小一時間走ると、景色はゆるやかに緑に染まっていきます。福岡市に隣接する糟屋郡に入り、篠栗町の山道を登るとその店は見えてきます。季節によって表情を変える山の景色の中にありながら、常に変わらない凛とした表情を見せる真っ白な空間。

今や篠栗といえば、この場所を思い浮かべる人が多いほどの人気スポットですが、意外にも村山さんは篠栗出身ではないそう。「福岡県出身で、ずっと福岡で暮らしてはきたんですけど、生まれ育ったのは古賀市だったんですよ」。やわらかな笑顔が印象的です。

福岡の大学を卒業後、菓子メーカーに入社。1年目は、カフェの運営スタッフとして、ホールでサービスを担当したり、アルバイトスタッフの取りまとめをしていたそうです。間もなく、新規事業を立ち上げる部署に配属になり、飲食店をゼロから立ち上げるプロジェクトにも関わりました。「同じ福岡でも、街や通りによって、そこに暮らす人々の年齢やキャラクターは違います。どんな店を作れば、多くのお客様に喜んでいただけるか、いろんなケースを通して勉強させていただく貴重な機会でした。大変なこともありましたが、楽しく駆け抜けることができて、とにかく充実していましたね」。

仕事への大きな不満はなかったものの、20代半ばで漠然と新しいステージへの興味が湧き、菓子メーカーを退社。「資格もないのに、ためらいもなく辞めてフリーターになるなんて、若気の至りでしょ(笑)」と懐かしそうに当時の事を話します。

模索しつつも、確実に夢のある方へ

しかし、この決断が村山さんを次の未来へと導いてくれます。会社に「辞めます」と伝えた日に、たまたま道で古い友人にばったり。「辞めるんだったら、ここで働いてみたら?」と勧められたのが次の職場となる外資系のレコード店でした。

まだおぼろげではあったものの、いつかは自分で何かやりたいと思っていた村山さん。でも、急ぐ必要はないし、音楽やカルチャーは好きだし、「これも縁か」とレコード店で働くことを決意。アルバイトでしたが、有給やボーナスもしっかりしていたために、少し立ち止まって自分のことを考える時間に恵まれたと言います。

「今後の人生、お前は何をして食べていきたいんだ?」と自分に尋ねた時に、「やはりいつかは独立して、自分の力でやっていきたい」という思いが明確になりはじめていました。

「自分の店を開こう」。思いが導く未来へ

飲食店を経営する人の多くは、料理が好き、接客が好き、そんな理由から始まることも多いでしょう。しかし、村山さんの場合は、独立願望が原点にありました。最初は、飲食店ということも決めていなかったそうですが、それまでの経験や自分にできることを改めて整理し、「よし、30代になったらカフェを開こう」と目標を定めました。

思いは、夢を叶える第一歩。それまで勤めたレコード店を退職し、「修行のために」と当時オープンしたばかりのカフェに転職します。「3年経ったら自分の店を開きたいという意志を伝えて働きはじめました。夢のために経験を積んだり、お金を貯めたり、できることを全力でやりました。もちろん、雇ってくれたカフェに対しても、ファンを増やすにはどうしたらいいか、毎日仲間たちと試行錯誤しながら、とにかく一生懸命駆け抜けて。当時の仲間も今いろんな業態の店を出していたりするので、切磋琢磨できるいい仲間に巡り合えたと感謝しています」。

自分の夢に直結する場所で経験を積みながら、同じ夢を持つ仲間と出会えたこともいい財産になったという村山さん。余裕を持って仕事ができるようになってきた頃、自分の店を出すならどこがいいだろうかという視点で福岡のいろんなエリアを巡ったそうです。

「当時は、カフェブームの直前でしたが、都心には少しずつ人気店が増えはじめていたんです。アパレルブランドがプロデュースするカフェ、DJがいて音楽的にも洗練されたおしゃれなカフェ、いろんな店ができて、福岡の街全体が盛り上がり始めていました。でも、そんな流れに逆らうように『自分が店を開くなら郊外で』って最初から決めていたんですよね」。

福岡市から車で1時間程度のエリアを視察しては、その土地土地のコミュニティとつながりを持ち、人脈や見識を広げていきました。最初は、篠栗もそんな数多ある候補の中のひとつに過ぎなかったそうです。

自分にしかできない仕事を妥協せず突き詰めて

篠栗との出会いを尋ねると、「それまで一家4人で古賀市に暮らしていましたが、両親がギャラリー兼自宅を篠栗に建てて引っ越しをすることになり、せっかくならもっと篠栗という街のことを知ろうと思った」んだそう。篠栗駅の周りを散歩してみたり、1日中駅周辺に座って、どんな人たちが暮らしているのか観察したりもしました。若松山・焼山・鉾立山と三方を山に囲まれ、自然に恵まれているところにも惹かれたそうです。

この景色の中でカフェを開けたら、そう思い立ち、実家の隣に開くことを決意。2004年、直線で構成され、一切無駄なものがない削ぎ落とされた「喫茶 陶花」をオープンさせました。有機的な自然の中にあるからこそ、潔さが際立ち、1度見たら忘れられない存在感を放っています。

今は多くのメニューを用意していますが、オープン当初は、今でも看板メニューであるカレーのみで勝負をしていました。「わざわざ時間を使ってここまで足をのばして来てくださる方に『また来たい』と思っていただけるような時間を作りたくて。味はもちろん、食器・盛り付け・出し方・音楽やペースなど、ひとつひとつの要素を突き詰めて考えた時に、いろんなメニューを用意していたら丁寧におもてなしをすることが難しいという結論に達しました。軌道に乗るまではとメニューを絞って営業していたんです。新しくオープンしたお店ということで取材の依頼もありましたが、落ち着いて営業できるまではとお断りすることも少なくありませんでした」と当時の考えを教えてくれました。

満を持してオープンした2号店では渾身のバーガーを

丁寧にじっくりと楽しむカレーや篠栗のゆるりとした雰囲気も相まって「喫茶 陶花」のファンはじわじわと増えていきました。丁寧に丁寧に日々を重ね、長いようであっという間の14年が経ち、2017年11月に、2店目となる「バーガートウカ」をオープン。ご両親が営むギャラリーを閉めるタイミングで、そこを改造してバーガー専門店にリノベーションしたそう。

なぜバーガー専門なのかと不思議に思ったので聞いてみると、「東京で、とあるバーガーに出会って衝撃を受けたんです」とぽつり。バーガーといえば、ファストフードの典型。誰もが共通のイメージを持つようなポピュラーなメニューです。しかし、村山さんが感動したバーガーは、高級住宅街の中で静かに作られ、落ち着いた空間と音楽の中で、ナイフとフォークを使っていただくような上品な一皿だったそう。

「当たり前をここまで覆すことができるんだ」と目からウロコが落ちたと言う村山さん。その衝撃から10年近く構想をあたため、何度も試作を重ねながら村山さん流のバーガーを完成させました。「やっと出せる環境が整ったことはとてもうれしいです。もちろん、これからも進化していきたいとは思っていますよ」と自信をのぞかせます。

「今、バーガーブームとも言えますが、一過性のブームで終わらせたくはない」と村山さん。「ちょっと真面目な話になりますが、これからの時代って、食糧不足だったり、健康寿命だったり、食に関する価値観がどんどん変化していくと思うんですよ。もちろん、ファストフードや手軽に食べられるものの良さを否定するつもりはないんです。だけど、生産者の方の顔が見え、温もりが伝わる素材を使い、丁寧に作ったような食事に対しての関心はますます高まっていくんじゃないかな」。

年を重ね、本物や上質に心地良さを感じる人にこそ知ってほしい食がここにあります。「陶花」オリジナルの物販や、併設のギャラリーでは村山さんがリスペクトする作家さんにスポットを当てた展示会なども予定しています。県外から福岡に旅に来た人にはもちろん、少し立ち止まって、ゆっくりとした時間とおいしい食事を楽しみたい時は迷わずここに来てください。新しいバーガーの形を確かめてみてください。今までに味わったこともないようなおいしさと初めての感動に出会えるはずです。

<店舗情報>
「喫茶 陶花」
電話番号:092-948-0213
「バーガートウカ」
電話番号:092-948-4940
住所:福岡県糟屋郡篠栗町金出3280
営業時間:11:00〜17:00
定休日:不定休
HP:http://to-ka.in/

<profile>
村山 健吾 さん
福岡県生まれ、福岡大学を卒業後、菓子メーカーに入社し、カフェの運営や飲食店の立ち上げなど、飲食業のいろはを学ぶ。その後、レコード店に転職し、2004年に「喫茶 陶花」を開店。篠栗の地で着実にファンを増やし、2017年冬に「バーガートウカ」をオープンさせた。時々ミュージシャンとしても活動し、ライブやメディアへの出演も多数。

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